
出演者の不祥事によって、過去作品が封印されるなんて風習は誰の得にもならないし、法律的にもなんの問題もないし、ただの思考停止でしかない。ここで制作者は踏ん張って、作品と1人の俳優はイコールではないと持ちこたえないと、この国の文化は悲惨なことになってしまう。
— 鴻上尚史 (@KOKAMIShoji) 2019年3月13日
思考停止は視聴者側も同じ。作品を作る側も見る側もそれはそれこれはこれと区別ができる能力があれば良いだけだし、それはそんなに難しくない。ここぞとばかりに正義を振りかざす人間(もはやクレーマーと呼んで良し)には辟易するし、彼らの生み出すtoo muchな悪評に敏感になるスポンサー企業も問題。
— 凄腕おじさん (@QuantumViv) 2019年3月13日
その俳優の逮捕によって、
— カヲル (@kaworu007) 2019年3月13日
その作品のメッセージが変わってしまう事もあるのでは?
公開、非公開は、監督や製作した側の人間が判断するものでいいと思います。
演じる側の人間には最低限それを守る責任ぐらいないなら出てくるなと
出演者が不祥事を起こして、過去現在含め作品の売上が落ちた場合にその額を裁判などで証明する事は困難である。なので、公開中作品などは早期打ち切りをして数値換算し易くするという話を聞いたことがあります。私としては作品と出演者の犯罪は無関係だと思いますが…
— 後藤 孝太郎 (@koutarou_g) 2019年3月13日
出演者が不祥事を起こして、過去現在含め作品の売上が落ちた場合にその額を裁判などで証明する事は困難である。なので、公開中作品などは早期打ち切りをして数値換算し易くするという話を聞いたことがあります。私としては作品と出演者の犯罪は無関係だと思いますが…
— 後藤 孝太郎 (@koutarou_g) 2019年3月13日
不祥事って言い方が制作側にいる不利益を被る人間の欺瞞に満ちていますよ。犯罪者ですから。作品を封印する必要は全く無いと思います。罪を償って出てきた後は犯罪者ではないのですから全て解禁すればいいと思います。
— サーチャー (@dogkill5) 2019年3月13日
現役の(笑)犯罪者が出演している作品が平然と溢れる世の中が文化より心配ですよ。
完全同意
— すなっち@伊藤ゆうき(YLIA)応援団海洋生物代表 (@hy01WUcnjzxh8BQ) 2019年3月13日
結局のところ、事なかれ主義なだと思う。誰かから叩かれるのが嫌なだけ。
根幹に何ら思想も信念も無い。
その程度ならば、最初から創る側にいるべきじゃない!!
日本はおかしい。
被害者がいない場合には、C M以外の作品を封印する必要はないのでは?
— なでなで (@m1000nin) 2019年3月13日
良くぞ言ってくださいました!
— とい@夜間登校 (@toy0pon) 2019年3月13日
例にして失礼ですが、勝新太郎さんも1990年事件を起こし有罪判決を受けました。しかし作品は今でも封印されていませんよね?
— 櫻井 正男 (@SAKURAIMASAO) 2019年3月13日
ピエール瀧さんを見るたびに、あ、コカの人だと思う残像減少がある限り停止する方に賛成してます。
— You 映画 (@you_eiga) 2019年3月13日
犯罪者でかつ更生もしてない人を雇って作った作品と、犯罪からは縁遠いと思われていた人が昔に関わった作品。まったく扱いが違って当然だと感じます。過去作は今までと変わりなく大衆に向けて出していいのではと思っています。何を観るかは客が選べばいい。
— maruko (@marukoCOROP2) 2019年3月13日
スポンサーマネーに逆らう反骨心のある人はもう、いませんよ。残念ながら。
— ホセカル (@ouzenji110) 2019年3月13日
さからわず、熱意でスポンサーマネーを更に募り再撮影して昨年公開された作品もあります。反骨心はないけど、違う心で作品を作り上げる人もいます。
— 友子 (@unatamatomo) 2019年3月13日
横からすみませんでした。
そのとおりとは思いますが、性犯罪も薬物違反もやろうと思わないとできないですから、そこはホントちゃんとしてほしいですよねぇ。
— 茂出木謙太郎@VR (@k_modeki) 2019年3月13日
戦中よりまだ悪いですよね。
— 笑うアルペジオ (@warauarpeggio) 2019年3月13日
株主対策とか
— タマ@あかりんず (@okomedama) 2019年3月13日
見たくない人は見なければ良い。それで観客動員が悪いとか、視聴率が取れないときに商業的判断は必要になるのかもしれないけど。努々昨今の一部の抗議やら炎上騒動に惑わされないように。そこのところの冷静な判断が今は一番難しいのかも。声の大きい人を徒に恐れる風潮、そろそろ断ち切りましょうよ。
— Izumi Fukuchi (@ezoomy) 2019年3月13日
全てに於いて言えることなのですが、善意と悪意の様相が変わってきています。善意は相手の受容体によって悪意になってしまう。『未必の故意』に近く、煽り運転やクレームと同一で、自分が正しいという強い一貫性と、寛容が不寛容を飲み込んでいる気がしてなりません。
— リキマルマサユキ@橿原神宮(奈良)に興味 (@Xycolo_50) 2019年3月13日
世の中対面なのかと
— カントナ (@MGWtlUoak0nikP8) 2019年3月13日
賛同させていただきます。
— ばんじー (@takaoka_yusuke) 2019年3月13日


コメント
作品封印が残念なのはそうだけど、そこまで言うならそういうやつらが呼び掛けてお金集めて権利を買い取れば良いのに
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