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    1: 芸能おkがお伝えします@\(^o^)/ 2017/11/06(月) 20:56:03.04 ID:CAP_USER9
    10月28日に行われたブンデスリーガ第10節のシャルケ対ヴォルフスブルク戦がドイツ国内で話題を集めている。ドイツ紙『ビルト』の日曜版によれば、同試合でビデオ・アシスタント・レフェリー(VAR)の不自然な介入があり、結果が”操作”されたのではないかという疑惑が浮上しているのだ。

     問題とされたのは、42分にシャルケがPKを獲得した場面。ピッチ上にいた主審はファウルを取らずにプレーを流したが、直後にシグナルが送られた。
    しかし、このシグナルは通常のVAR担当者ではなく、判定を管理するはずのヘルムート・クルーク氏による直接介入だったと『ビルト』は伝えている。さらに不自然なのは、該当の場面を確認しようとした主審は映像の視聴をしなかったということだ。

     そして85分には、シャルケのゴール前でU-21ドイツ代表DFティロ・ケーラーのハンドが見逃された。試合後、同選手が「PKを与えても良い場面だった」と認めるような“明らかなハンド”であり、VARの介入がなかったことが不自然だと指摘されている。シャルケのマネージャーを務めるクリスティアン・ハイデル氏も「残念ながら、あれは明らかなPKだったと認めないといけない。でも、他の試合では我々にとっても不利になる判定があった。それも言っておかなければならないね」と話している。

     イタリアなどの他国では、スタジアムの駐車場にビデオ設備が整えられた大型車の中でビデオ判定が行われる。だがドイツでは、ケルンにビデオ判定用の設備を備え、全試合を統括している。同システムの導入を主導したのが、VARの統括であるクルーク氏なのだ。最終決定権をピッチ上の主審ではなくVARが握るように設計し、連盟内におけるVAR部門の影響力を大きくしようとしていたのではないか、というインサイダーの話も報じられている。

     ゲルゼンキルヒェン出身のクルーク氏が(地元である)シャルケに優位になるように働きかけた、というのはあまりにも出来過ぎなストーリーであり、勘ぐり過ぎと言えるだろう。だが、混乱の背景が不透明なことが、疑惑浮上の一因になっていることは事実だ。現場の監督たちや各クラブの責任者たちからも「使用の基準が分からない」と不満が出ている。

     国際Aマッチウイーク突入により、ブンデスリーガは中断期間に入った。再開までの2週間で、ドイツサッカー連盟による明確な改善が求められている。
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    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171106-00665408-soccerk-socc

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    1: 芸能おkがお伝えします@\(^o^)/ 2017/11/04(土) 11:48:50.01 ID:CAP_USER9
    2017年11月4日 9時49分
    ▽今夏にバルセロナからパリ・サンジェルマン(PSG)に移籍したブラジル代表FWネイマール(25)の将来的なレアル・マドリー移籍が基本合意していると、スペイン『Don Balon』が報じた。

    ▽今夏に史上最高額となる2億2200万ユーロでバルセロナからPSG入りを果たしたネイマール。しかし、レアル・マドリーのフロレンティーノ・ペレス会長が将来的なネイマールの獲得を望んでいるようで、代理人も務める同選手の父親とコンタクトを取っているようだ。

    ▽ペレス会長とネイマールの父親の関係は非常に良好のようで、最後の会合では同選手の将来的なレアル・マドリー移籍について合意したと伝えられている。ペレス会長は、FWクリスティアーノ・ロナウドの後釜としてネイマールにクラブの顔になってもらいたいと考えているようだ。

    ▽一方のネイマールは2シーズンをPSGで過ごすことを考えており、その後は状況を見て判断していくという。ペレス会長はC・ロナウドが最高のレベルを保ち続けるのは後1、2シーズンを見ており、2019-20シーズンに移籍の動きが出てくるとみられている。
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    http://news.livedoor.com/lite/article_detail/13843941/

    【【サッカー】ネイマールが今度はレアル行き!? 2年後のレアル・マドリード移籍が基本合意】の続きを読む

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    1: 芸能おkがお伝えします@\(^o^)/ 2017/11/06(月) 03:43:03.30 ID:CAP_USER9
    ◆私が語る「日本サッカー、あの事件の真相」第3回 日本初のW杯、衝撃の落選メンバー発表~北澤豪(3)

    1998年フランスW杯開幕目前、代表メンバーからの落選を言い渡された北澤豪とカズ(三浦知良)は、
    協会スタッフと現地コーディネーターとともにレンタカーに乗って、合宿地であるスイスのニヨンを離れた。だが、行く当てはなかった。

    そのため、まずどこから日本に帰るのがいいかを考えた。
    イタリアか、ドイツか、それとも同行したコーディネーターが住むフランスか……。

    最終的には、かつてカズがプレーしていたイタリアへ向かった。
    パリよりも距離的に近いミラノに行くことに決めた。

    ミラノまでおよそ6時間。その長い道のりで、車の中では誰もがそれぞれの思いに耽(ふけ)っていた。
    静かな車中だったが、今後について話をすることもあったという。

    「ミラノに行くことに決めたけど、『さあ、これからどうしようか』ってことになった。最初はすぐに帰るつもりだったけど、
    今(日本に)帰ると、俺らの話題が大きくなってしまうので、それはやめたほうがいい。
    もうちょっと熱が冷めてから帰ろうってことで、3日間、ミラノに滞在することに決めた。
    あまり長くいても、みんなに迷惑がかかるからね。ただ、関係者に連絡をするのはやめよう。(世間から)『消えよう』って、みんなで決めた」

    それが、いわゆる『空白の3日間』である。

    このとき、日本のメディアはスイスから”消えた”北澤とカズの行方を必死になって探していたのだ。

    北澤たちは、ミラノにあるフォーシーズンズホテルのスイートルームに投宿した。
    カズがプライベートでもよく使っていて、馴染みのあるホテルだったからだ。

    みんなといると気が紛れたが、「ひとりになるといろいろと考えてしまった」と北澤は言う。
    落選という非情な通知を受けたのは、まだ数時間前のこと。気持ちはささくれ、傷ついたままだった。

    そんな北澤の心を救ってくれたのは、カズのポジティブな姿勢と言葉だったという。

    「キー、俺たち、ヴェルディがあってよかったな。ずっと代表でやってきて、代表の自分たちっていうふうに思っていたけど、代表はダメだった。
    でも、俺たちにはサッカーをやれる場所がある。そういう意味で、クラブは大事だし、ヴェルディに感謝しないとな」

    北澤は素直に「そうだな」と思ったという。

    「『ドーハの悲劇』からずっとW杯に行くことを目指していて、目前で行けなくなったから、なんか感覚的にサッカーがなくなったというか、自分のサッカーが奪われてしまった感じがあった。
    でも、カズさんは『クラブがあるから、サッカーやれるじゃん』って言ってくれた。
    そのとき、クラブという”自分の家”があることって、すごく大事だなって思った。代表にいてプレーしていたときは、そんなふうに考えることはなかったんだけどね」

    ミラノに来て2日目、カズは郊外の美容室で髪を切り、金髪に染めた。
    北澤はさすがにトレードマークの長髪を切ることはできなかった。そのままホテルに戻り、ゆっくりと静養した。

    https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20171105-00010002-sportiva-socc
    11/5(日) 17:10配信

    2: 芸能おkがお伝えします@\(^o^)/ 2017/11/06(月) 03:43:49.10 ID:CAP_USER9
    「1日経っても、いろいろと考えていたね。『俺、最終予選の途中で呼ばれて、そこから(予選を)突破してきたのになぁ』とか、4年前のドーハでのこととか……。
    でも、不思議なことに帰国するときには、『また4年後、勝負しよう!』っていう気持ちになれた。

    それはなんだろうなぁ~。子どもの頃から大事な場面で(メンバーから)外されたり、ミスって負けたり、そういう経験が生きているのかな。
    あのときも意外とへこたれなかったし、(サッカーを)やめようとは思わなかった。
    それ(精神的な強さ)が、サッカーで養われたものかもしれないし、サッカーで一番大事なものかもしれない。

    とにかくこの落選は、俺にもう一度、やる気を起こさせてくれた。
    あのときは、監督の岡田(武史)さんにムカついていたけど、どんな監督にも認められるような選手にならないといけないと思った。
    この悔しさはW杯に行くことでしか晴らせない。
    そのためには、もっとうまくなるしかないって思った。ドーハから4年、一生懸命やってきて『またかよ』って思ったけど、また『やろう!』って気になった。
    (ミラノで過ごした3日間で)そう思えたからこそ、すっきりした気持ちで日本に帰国することができた」

    カズとともに帰国した北澤は、空港で会見を行なったあと、家族とともにすぐにグアムへ”逃亡”した。
    「(周囲から)好奇の目で見られるのが嫌だったし、家族もいろいろと言われてしまうので、日本にいたくなかった」という。

    北澤がグアムにいるとき、日本代表がW杯初戦のアルゼンチン戦を迎えた。
    北澤は試合を見ないようにしようと思っていたが、気になって仕方がなかった。
    グアムでは試合が放送されることもなく、なおさら気になった。それで、つい日本に電話して「テレビの近くに電話を置いてくれ」と頼んで、実況を聞いた。

    その姿を見ていた妻が、北澤にこう言った。

    「だったら(日本に)帰ろうよ」

    フランスW杯での日本代表の戦いが気になる――そんな自分の気持ちに嘘はつけないことを悟った北澤は、すぐに帰国。
    その足で、ヴェルディの福井キャンプに合流した。

    3戦目、ジャマイカ戦が始まる前、北澤はひとり、部屋に閉じこもっていたという。

    「試合を見ているとさ、いろんなことをつい言ってしまいそうなんでね。
    みんなが俺の部屋に来て一緒に(試合を)見ようとするんだけど、『頼むからひとりにしてくれ』って言って、ひとりでジャマイカ戦が始まるのを待っていた」

    自分はメンバーから外れたとはいえ、W杯に挑んでいるのは一緒に戦ってきた仲間だ。
    思い入れの強いW杯で、そんな仲間たちの雄姿を見逃すことはできない。
    北澤は、実力的には勝てる相手ゆえ『是が非でも1勝してほしい』と思って、祈るように見ていたという。

    ジャマイカ戦が始まった。北澤はひとり、テレビ画面を食い入るように見つめていた。
    そして、試合が後半を迎えると、信じられない光景が目の前に飛び込んできた。

    4: 芸能おkがお伝えします@\(^o^)/ 2017/11/06(月) 03:45:18.00 ID:CAP_USER9
    岡田監督が4バックに変更したのである。

    「それを見た瞬間、『ふざけんな』って思ったね。めちゃくちゃ頭にきた。
    だって、俺が外されたとき、確認したんだ。そうしたら、岡田さんは『4バックには戻さない』と断言した
    ”やらない”って言ったのに、最後に”やった”。あのとき、俺のことを必要じゃないって言ったのは何だったのか。本当に、これだけは許せなかった」

    北澤は、その瞬間もきっとそうだったんだろうなという哀しげな表情を見せた。

    それから4年後、北澤は2002年日韓共催W杯の2戦目、ロシア戦に足を運んだ。

    代表の試合は、選手として行くべきところであり、観戦には行きたくなかった。
    しかし、4年前のアルゼンチン戦同様、どうしても見たくなったのだという。

    試合は、稲本潤一の決勝ゴールで日本が1-0で勝った。
    日本の歴史的なW杯初勝利に、スタンドを埋め尽くしたファンやサポーターの喜びが炸裂した。
    北澤は4年前のW杯予選、UAE戦のときに浴びたブーイングとは違う歓喜のシャワーを背に受け、そのまま帰ろうとした。

    そのとき、あるサポーターが声をかけてきた。

    「おめでとうございます!!」

    その言葉を聞いて、北澤はハッとしたという。

    「あのとき、俺はもう代表には入っていなかったけど、ずっと代表でやってきたから『おめでとう』って言ってくれたと思うんです。
    選手にしてみれば、代表に入ってプレーしていない自分が残念っていう感覚があるんだけど、周囲の人はそうは思っていない。
    メンバーに入っていなくても、代表のひとりとして見てくれている。
    そう考えると、ここまでやってきてよかったなって思った。俺はW杯には出られなかったけど、そのひと言ですごく救われた」

    そう語ると、北澤は表情を崩した。

    日韓W杯が未曾有の盛り上がりを見せた2002年のシーズンが終わったあと、翌2003年シーズンから横浜F・マリノスの指揮官に就任することになっていた岡田監督からオファーが届いた。

    しかし、北澤は右膝のケガの影響もあって「本来あるべき姿を見せられない」とそのオファーを断った。

    そして、そのままスパイクを脱いだのである。

    (おわり)
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    北澤豪(きたざわ・つよし)
    1968年8月10日生まれ。東京都出身。修徳高→本田技研→読売クラブ→ヴェルディ川崎(現・東京ヴェルディ)。
    ヴェルディ黄金時代のメンバー。「ダイナモ」の異名で日本代表でも長年活躍した。(財)日本サッカー協会理事

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    1: 芸能おkがお伝えします@\(^o^)/ 2017/11/03(金) 22:55:43.30 ID:CAP_USER9
    日本代表から落選したドイツ1部ドルトムントのMF香川は1日(日本時間2日)、
    欧州チャンピオンズリーグ1次リーグ第4節で1―1と引き分けたAPOEL(キプロス)戦後、ハリルホジッチ監督の選手選考法を疑問視した。

    香川は強豪国との2連戦に臨むハリルジャパンから外れたことについて
    「正直このタイミングかな?というのは感じます。僕たちが積み上げてきた戦いをやれる絶好の機会と思っていた」と怒りとも取れる口調で話した。
    その上で「外れるとしたらもっと早いタイミングであったのかなと思うし、今は全く悪い感覚はないです」。

    クラブでは好調をキープしており、パフォーマンスには自信を持っている中、まさかの落選に不満をくすぶらせた。
    香川は「(監督と)個人的な話をしていないので、理由は分からないですし、ぜひ聞いてみたいところ。僕はそれなりにやってきたと思っているんで、十分に話し合う必要がある」と力を込めた。

    日本代表は11月の2連戦後、来年の3月まで活動がない。
    ロシアW杯メンバー入りにも暗雲が漂うが、香川は「またここで結果を残し続けるだけ」と話す。果たして再起できるのか。

    https://www.tokyo-sports.co.jp/sports/soccer/816895/
    2017年11月03日 12時00分

    https://img.tokyo-sports.co.jp/wp-content/uploads/2017/11/b03f6a89a0c664f520eb191fd4d19a2a.jpg
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    【【サッカー】日本代表落選の香川「ハリル監督に理由を聞きたい。僕はそれなりにやってきたと思っているんで、十分に話し合う必要がある」  あからさまに不満を吐露 】の続きを読む

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    1: 芸能おkがお伝えします@\(^o^)/ 2017/11/02(木) 17:22:04.09 ID:CAP_USER9
    日本サッカー協会は10月31日、欧州遠征のブラジル戦(日本時間11月10日午後9時開始予定=フランス)とベルギー戦(同15日午前4時45分開始予定=ベルギー)に臨む25人を発表。
    FW本田圭佑(31)=パチューカ、FW岡崎慎司(31)=レスター、MF香川真司(28)=ドルトムント=の“ビッグ3”がそろって落選し、衝撃が走った。
    夕刊フジはバヒド・ハリルホジッチ監督(65)を直撃し理由を尋ねたが、
    同監督は痛い所を突かれたせいか激高し、「みなさん(報道陣)が好きな選手だから選ばなかった」と言い放った。(夕刊フジ編集委員・久保武司)

    ハリルホジッチ監督が読み上げるメンバーに、本田、岡崎、香川の名前がなかった。
    日本代表を支えてきた3人が同時に落選するのは、岡崎が代表デビューした2008年10月のUAE戦以降で初めての非常事態だ。

    ハリル監督はこの日、都内のJFAハウスでまず約45分間、通り一遍の記者会見をこなした。

    終了後、夕刊フジはエレベーター前で待ち伏せし、どうしても直接聞きたかった質問をぶつけた。

    「なぜ本田、岡崎、香川を外したのか?」

    その瞬間、眉毛はつり上がり、顔を紅潮させ、「それは、みなさん(報道陣)が好きな選手だからさ」と放言。
    続けて「記者が100人いるなら、100通りの選考があるだろう。
    みなさんはW杯最終予選(8月31日の豪州戦=埼玉スタジアム)の前には、いろいろ書きたいように書いていたようだが、豪州戦に勝った後は静かになったね。
    誰が何を書いているのかは知らないが、いろいろ書いていることを私はよく知っている」と皮肉った。

    その後も「みなさんが好きな選手だから外した」というセリフを何度か繰り返した。

    伏線はある。
    ハリル監督はW杯アジア最終予選で苦戦が続き、何度も“解任危機”を報じられた。
    それでも豪州戦に勝ち来年のW杯本戦出場を決めたが、その日の記者会見を親族の病気を理由に拒否。
    翌日、日本協会サイドの説得でようやく会見に応じたが、「この中に“抵抗勢力”がたくさんいることを私は知っている」と怒りをあらわにしていたのだ。

    それにしても、この時期の“ビッグ3”外しは腑に落ちない。
    会見中に「前回の合宿で私はあまり評価をしなかった。
    彼ら本来のパフォーマンスを見つけるべきだ」と言及する一幕はあった。

    しかし、本田は10月29日のサントス・ラグナ戦で2試合連続のゴール。
    岡崎も同21日のスウォンジー戦で今季4得点目を決め、地元紙『レスター・マーキュリー』が『9』の採点を与えてトップタイの評価をするなど英国で絶賛されている。好調そのものだ。

    話は前後するが、昨年10月、W杯最終予選のイラク戦と豪州戦を控えた記者会見で、当時“海外組”偏重、国内のJリーグ組軽視が顕著だったハリル監督に対し、
    夕刊フジは「Jリーグにもいいところがある。
    監督にはそれが見えないのか? この2試合に負けた場合、日本には“けじめをつける”という言葉があるが、その覚悟はあるか?」と質問した。

    このときも、通訳を聞いたハリル監督は顔色を変え、「笑えない質問があった」と夕刊フジをにらみつけ、「『Jリーグが世界で一番素晴らしいリーグだ』と言ったら、『おまえ、フットボールを知らないのか』といわれる。
    日本のフットボールには、足元の技術はある。スピードは少しあるかなというぐらい。国内組の半分の選手の体脂肪はありえない数字(12%以上)だった。
    Jリーグはそれでいいんだなと思い、そこで私は介入した。私の意見の背景には統計がある」とまくしたてた。

    Jリーグ軽視の理由は説明されたが、結局質問には答えてもらえなかった。

    今回の“ビッグ3外し”についても日本協会内には、場合によってはハリル監督に直接、采配への不満をぶつけることもいとわないベテラン3人が「わずらわしかったのだろう」との見方もある。

    また、関係者の間には「欧州遠征で3人を使った上で惨敗したら、来年のW杯へ向けて夢も希望もなくなる。エクスキューズ(言い訳)づくりだ」との声もある。
    W杯本戦出場が決まっているとはいえ、ハリル・ジャパンはいったいどこへ向かっているのか、首をひねらずにはいられない。

    ただ、ハリル監督はエレベーターへ乗る際、夕刊フジが「今回の選考には悩みましたか?」と問いかけると、「そりゃ、大いに悩んだ。いつも悩んでいる」とポツリ。

    友好的とはいえず、大人げないところがある指揮官だが、偽らざる人間的な一面がのぞいた瞬間ではあった。
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    https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171102-00000018-ykf-spo
    11/2(木) 16:56配信

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